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越前焼の発見

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◆戦後、日本五古窯から六古窯へ

越前焼が瀬戸・丹波・備前・常滑・信楽と並ぶ日本六古窯と呼ばれるようになったのは、丹生郡越前町平等の古窯址を 昭和17年(1942年)に調査した陶磁器研究家・小山冨士夫氏(1900~1975年)が、戦後『陶磁味第一号』(昭和22年/1947年)に、「越前 窯は日本陶磁史上最も貴重な遺跡のひとつで、瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前の日本五古窯に匹敵する規模と歴史がある」と発表されたことがきっかけでした。

その後、越前町熊谷の水野九右衛門氏(1921~1989年)が小山氏の指導を受けながら発掘調査・研究を行い、一帯の山々に200基以上の古窯が残り、平安時代末期から鎌倉、室町、江戸時代にかけて甕や壷の生産が行なわれていたことがわかりました。

またその後、水野氏の指導を受けた多くの研究者たちの努力により、愛知の常滑焼の影響を受けていたことなどが明らかになりました。 こうした発見があったことなどから、越前焼の名は全国に知られるようになりました。

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